昔のことを言うと

2007年3月14日
昔のことを言うと
 昔のことを言うのは年をとってきた証拠と自覚しているのですが。

 今から27年ほど前に子どもの遊び場に勤務しました。その前は小学校の教員をしていたので、そのころから不登校の問題が生じていました。
 不登校についてはいくつかの原因が考えられ、しかもいくつかの要因が複合しています。学校や学年・学級・担任・同級生などの学校的な要因や地域や社会の要因・家族の要因・その子どもの要因など環境的な要因だけでも様々です。
 ただ私が感じていたのはいくつかの要因があるにしても、一般的に孤立して子育てをしてしまうことは不登校の要因の一つであると感じていました。子どもは乳児のときから集団の中で育つことも必要と思っていました。
 そこで児童館に勤務すると共に(27年前)0歳からの乳幼児の集いを始めました。そんな形の集いは全国的にもなかったので、周りからはずいぶんと白い眼でみられました。
 一つは「三つ子の魂百までも」の考えがあり、3歳まではお母さんがしっかり育てることが大切との主張が強かったのです。そういえば母源病なんて言葉もありました。また児童館等においても親子分離をして親は親で子育て教育をして、子どもは子どもで集団保育をしておくとの考えも強くありました。
 私はそうした考えではなくて親子分離をしないで親子が一緒に集団で遊ぶことが大切と思いました。これは直感的なものですし、経験的に昔の長屋の子育てが大切との考えでもありました。
 そこで0歳からの「親子で遊びましょう」を提案してやってきました。この提案は論文にして24年ほど前に児童育成研究という雑誌にも掲載してもらいました。

 昔のことを言うとと書いたのは、当時0歳からの乳幼児の集いにけっこう懐疑的であった人たちが今一生懸命「おやこであそびましょう」という名前で乳幼児の集いをやっていることを感じたからです。それはそれでよいことなのですが、昔から比べれば乳幼児の親子の集いはとても多くなりました。専門職としての児童厚生員はただ人数確保の自分の生き残りを考えるだけではなくて、子どもや親や地域のニーズをしっかりとつかむことが必要と考えるからです。
 親子で遊びましょうの提案はたんに親子を一緒にすれば親が楽との考えではなくて、他人の子どもと他の親のふれあいも大切との考えです。自分の子も他人の子もしっかり叱れるような関係性を作ることも必要ではないかと思うのです。
 少子時代の中で子ども同士の切磋琢磨を保障するためには新しい子育てミニコミュニティが必要と思うからです。同時に乳幼児と小学生のふれあいも大切です。そんなことを思うこのごろです。

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